星影と自由帳
思い出と自由帳
小学校低学年の頃、学年だよりの「持ってくるもの」に、自由帳は当然のように入っていた。友達の多くがそれを持っていた。私も休み時間に、友達と話す以外は、自由帳を楽しんでいた。自由帳はごく自然な、学校の一部だった。
私は2年生の時に将棋を始めた。3年生の時には、休み時間、自由帳の上で、一人で将棋をしていた。両方の対局者を1人で演じていた。駒を動かすときは、消しゴムで消して、2Bの鉛筆で移動先に新しく書いていた。紙がたちまちボロボロになったことを覚えている。
2~4年生の時、私は暴走していた。ピアニカを振り回し、授業中に教室で縄跳びをし、教室から脱走しようとした(その頃の先生には申し訳なく思っている。本当にごめんなさい)。先生に反抗するのに疲れた時に自由帳を書いていた。
高学年になり、私が不良少年から更生した後、友達(特に男子)は次々に自由帳を手放していった。この時期は「定規戦争ブーム」が全盛だった。しかし私は、それを手放すどころか、むしろその冊数を、それにかける時間を増やしていった。
自由帳は必ずしも、一人で黙々とかくものではない。その頃の私は、自由帳に友達を巻き込んでいった。想像上の世界に、クラスメイトを国家元首とした国を作って政治ゲームをしたり、オリジナルのキャラクターを作ってそれをデコレーションする大会を開いたりした。自由帳は私に、友達との関わり方を教えてくれた。
今と未来と自由帳
そして、私は中学生になった。絵を描くために自由帳を持っていた友達は、「スケッチブック」などという洒落た名前のノートに変えた。しかし私は今でも、自由帳を持ち続けている。通学バッグに6冊入れていたこともある。以前のように「時間さえあれば」という訳ではないが、一日に一回は何か書いている。最近では、英語の筆記体の練習に使っている。
一年後、私が高校生になっても、自由帳を持ち続けるだろう。大学生になっても。それからもずっと。私にとって自由帳は、単なるメモ帳やスケッチブックではない。それ以上の意味を持つ大切なものである。
星影と自由帳
私は絵を描くのが得意ではない。自由帳には文字や図を主に書いている。その中でも、架空の世界を紙上に創ることが好きだ。これまでに20以上の国と100以上の都市を想像して、その上に創造してきた。たとえ妄想といわれようとも、想像して表現することは必要である。実際、想像上のものを人類は現実にしてきた。
自由帳は、遥か遠い想像の世界を、現実に映し出す。私たちが数億光年先の星々を、眩い星影を通して見ているように。
自由帳、サイコー! 結局これが言いたかっただけ

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コメント一覧
定規戦争は懐かしいね????
私は定規ではなくシャー芯ケースを使っていました。厚みがあって上に乗られにくい。